アーミッシュの赦し

 

調べものをしていた先で見つけた本を紹介します。

 実際には本を読んでいませんが、色々なレビューを読み多くの気づきがありました。

 

 誰かや何かを許せない・赦せないと感じている方のご参考になれば幸いです。

 

 

悪行がなされなかったように振る舞うことは赦しとは違う。

 

出来事を忘れることは赦しとは違う。

容認や弁護も赦しとは違う。

 

逆に赦しとは、

「そのような不当な行為は間違っていると認め再び繰り返すべきでないとすること」である。

 

スクリーンショットより

 

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【簡単な説明】

アーミッシュとは、敬虔で質素な生活を営むキリスト教徒です。

彼らと関りのある男性がアーミッシュの学校で銃乱射事件を起こし、5人の少女が亡くなり、残り5人の少女が重傷を負い…犯人はその場で自ら命を絶った事件が2006年にありました。

 

その時、アーミッシュは犯人の家族を訪問し「あなたがたを赦します」と述べ彼らの葬儀に参列し、そして亡くなった女児らの葬儀にも彼らを招いたそうです (略)

 

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※以下、引用文となります。

 

赦しのもたらす癒しの力


自分を苦しめ傷つけた人々を赦したいと思うことができれば、

わたしたちはより高い次元での自尊心と満足を得ることでしょう。


「敵を愛し迫害する者のために祈れ」という教えに対し驚くほどの、そしてあふれんばかりの完全な信仰でこたえたのです。

 

「赦しとは、これまで恨みを持ち、怒りを抱き、いまだ癒されない傷をかばうために費やしていたエネルギーを解き放つこと。

そしてそのエネルギーをより効果的に利用することを指す。

赦すとは、常に自分に備わっていた強さを再発見することであり、周りの人と自分自身を

どこまでも理解し受け入れるだけの度量を手に入れることである。」

 

image

 

多くの人にとって、痛みと喪失感を乗り越えるためには時間が必要です。また赦しを先送りする理由はどこにでも見つかります。

加害者が悔い改めるまでは赦さないという人もいるでしょう

右矢印つい最近までの私です

 

しかし赦しを引き延ばすことで、わたしたちは得られるはずの平安と幸福を失ってしまいます

はるか以前に受けた傷をいつまでも蒸し返すという愚行が幸福をもたらすことはないのです

 

勇気をもって加害者を赦すことが、いかに健全で癒しを得る近道であるかを知ることなく生涯にわたって恨みを抱き続けている人がいます

右矢印危なかった。人生の途中で気づいて良かったぁ。

 

アーミッシュの人々のように、神と神の御言葉を信じるときに、

赦すことはとても容易になります

右矢印宗教観念に馴染みがないと少し難しいような気もします。

 

そのような信仰があれば「人は最も無慈悲な行為にも耐えられるようになり、自分以外の人々を思いやることができます。

何よりも人を赦すことができるようになるのです

 

自分を苦しめ傷つけた人々を赦したいと思うことができれば、

わたしたちはより高い次元での自尊心と満足を得ることでしょう

 

最近発表された研究結果によると、

赦すことを教えられた人々は「より楽観的で、怒ったり、落ち込んだり、心配したり、ストレスを感じたりすることが少なく」

その結果、肉体的にもより健康になるそうです

また別の研究は

「赦しは自らを解放する賜物たまものであり、人々が互いに与え合うことのできるものである」と結論づけています。

 

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宗教観念・価値観の違いがありますが

 何かしら「許せない」「赦せない」と感じていることがある方にとって

多くのヒントがここにあるでしょう

 

冒頭文を自分なりに解釈してみます。

 

何もなかったよう振る舞ったり

表面的に忘れたふりをして自分を押し殺すのも

見て見ぬふりをする容認も

虚像に対する弁護も…全て偽りの姿です

 

そうではなく…

事実を直視し認めた上で

「今後どうすることが健全なのか」を求めた時

答えは自ずと それぞれの心の中に

見つかるのではないでしょうかゆめみる宝石