怒り・悲しみを認め許すこと

ここ最近のお客様に共通していたテーマは、怒りを感じることや自分を許すことでした。

どなたかのご参考になれば幸いに思います。


何かにに対し許せない気がするけど、その対象がはっきりと分からなかったり

怒りを抑圧し過ぎて自分で自分の感情を見失っている時は


まずは自分の好き・嫌いを感じてみて下さい。

食べ物の好き嫌いでも、テレビ番組も好き嫌いでも何でも構いません。

身近に接する物事から自分なりの快・不快を感じてみて下さい。

自分の心の動きを少しずつ受け止めてみて下さい。

 

何かに対して強い怒りを感じた時は、大きな変化のチャンスです。

怒りを抑圧せず押し殺そうとせずに感じ切ってみて下さい。
怒りの先にあなたが守り続けて来たものが見えて来るはずです。
それは自分でも気づきたくなかった、頑なに守り続けて来た自分自身の姿かも知れません。
恐れることなく、その姿を見届けて下さい。
怒りの感情を持ち続けていても、その業火に焼き尽くされてしまうのは自分自身です。

 

 

許すとは、紛れもなく自分自身を許すことです。

許せないと思う対象や人に怒りを感じていることを突き詰めて行くと

「そのような経験をした自分を許せない」と感じていることに気がつくことでしょう。


許すとは、あなたが許せないと思っている対象や人の行為を正当化することでも見逃すことでもありません。

自分の心の中に溜まっている怒りや恐れなどのネガテイブな感情のエネルギーを、自らが手放すことに過ぎないのです。

怒りもまた他の感情のように本来は一時的なものであり、流れて行く空の雲のような存在なのです。


想像してみてください。

または実際に晴れた空を見上げて雲の動きを観察してみてください。

30分も1時間も増してや一日、数ヶ月、数年と変わらない空模様はありません。

人の心の中に湧くあらゆる感情も、空に漂う雲のように自然に流れ行く存在なのです。

 

負の感情に固執し何度も何度も思い出すことで、または思い出せない程に抑圧することで、

本来流れ去るはずのものに力を与えてしまっているのです。

 

 

私たちは教わって来ました。子供から大人になるために。学校教育の中で、家庭で、社会で

「怒ってはいけません」

「もっと冷静に」

「皆のことを考えましょう」

私たちの親の世代も、そのまた親も、その親世代もきっともっと厳しく言われてきことでしょう。


世界的に戦争が行われてきた時代も 戦乱の世の中だった頃も

どれだけの怒り・悲しみ・苦しみを人々は自分の心の内側に押し殺して生きていたのか計り知れません。

 

しかしそれらを背負う必要は私たちには全くなく、

そして今の時代を生きる私たちは、

もう自分を押し殺すことの愚かさを充分に知っているはずなのです。

 

いつだって人は、気がついたその瞬間から自分で人生をやり直す力を皆、平等に持っています。


終わらない物語に終止符を打つことを自らの手で成し遂げる強さを、私たち一人ひとりが自己の内側に持っているのです。